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地域猫

2011/09/13 10:57

 

 せっかくイザ!ブログを作ったけど、

書評はbooklog作っちゃったから必要なくなっちゃったし、
さてどうやって活用しよう。
 
とりあえず、飲み歩きブログにもmixi日記にもUPしにくい日記を書きましょうか。
メモ帳代わり。
 
家の前には結構大きな公園があるんだけど、
そこには数匹の野良猫がいる。でもみんな警戒心が強い。
たまにご飯をあげているおじさんやおばさんがいるのを見かけるが、
すり寄ってごろごろ、というわけでもないみたい。
 
昨日帰りしなにそういうおじいさんを見つけて、「猫だー」と見ていると、
視線に気付いたおじいさんがとことこ寄ってきて「猫に興味あるの?」と聞いてきた。
 
問わず語りにおじいさんが話す所によると、
生粋の野良はほとんどいない。毛並みも綺麗だし、人なつこいし、
かつて飼われていた猫が8割くらい。
この辺は老人が多いから、亡くなって飼えなくなった猫とかが野生化してるらしい。
 
世の中には心ない人がいて、飼い犬をけしかける大人や、自転車でひこうとする子供がいる。
そういう目に一度合ってしまうと、もう警戒して近寄ってこない。
 
「何度か餌を与えて、慣れてくると、今度は顔を見るとすごい声で鳴き始めるんだ。
すごい声で鳴くよ。今まで溜まってた気持ちが出ちゃうんだろうね。
落ち着いてくると普通の鳴き声になるんだけどさ」
 
公園の猫は捕獲出来たらすぐに避妊手術をしている。
地方のボランティアとも提携出来ているらしい。
 
「自分は戦争経験してるからね、食べもんがなくて
やせ細っているの見てるとほっとけないんだよ。
この辺全部焼け野原になって、何にもなくなって、
都会だから畑がなくて、食べ物がないんだ。
僕の弟は2歳で餓死ですよ。溝の泥水を舐めてる人なんかもいた。
そして弱いものから死んでいくんだ。子供、老人…
 
今災害で大変なことになってるけど、最低限の生活は支援されてるからいいよね。
人が亡くなったり、悲しみは同じだろうけどさ。良い時代になったよ。
でも便利になっても、随分人間て冷たくなったよな。
こういう動物には目を向けようとしないんだから。…」
 
うちは猫飼いたいけど、家主である義父が動物苦手(嫌いとかじゃない)なので
飼えないんですよね。せめて私が専業主婦なら無理も言えるんですけど。
 
ちゃんと避妊等の処置もしてくれているようだし、
せめて住民の人には危害を加えるような真似だけはしてくれるな、と切に願います。
 
うう…猫飼いたい。

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夏目友人帳

2011/07/26 17:05

 

 この人、1巻からあまり絵柄が変ってないというか、

あまり上達していないというか…(^^;)
もう少し丁寧に描いてもらいたいと思う版面、
この透明感は変わらないでほしいと思うファンの心理のわがままよ(笑)。
 
なんて、そんな、絵柄に文句をつけても、
やっぱり今回も、「やられたなぁ」と思うわけです。
 
 
それは誰にも気付かれなくても
心をどこかで支えつづける
大事な大事な出会いなんです
 (12巻 第四十八話より)
 
 
面白い。というか、泣ける。
悲しいんじゃなくて、心にじんと沁み入るような、
そんな感動が毎回1話は挿入されていて、
その度に、電車の中で本を読む私は「困った、やられた」と
嬉しい悲鳴を上げるんです。
 
 
あとがきを見て痛感するのが、作者さんの
登場人物に対する責任感。
キャラに愛情を持つ作者さんは大かれど、
その人には確固たる人生が存在しているのだ、という視点で
物語をかかれているのがよくわかります。
 
 
ところで、この記事を書く時にamazonのレビューをちらっと見たんですが、
「この本は、読み終えたあと、少し切なくなります。
(略)悲しいからというわけではなく、感動というのとも
少し違う感じがします。不思議です。」
「悲しい訳じゃないのに心動かされて涙が出てくるんです。」
といったレビューがありました。
まさしくそんな感じ。
「これ、面白いから読んで!」と勧めるのではなく、
大切な人の側にそっと置いて、開いてもらうのをじっと待つような、
そんな作品です。
 
 
 
ただ、少女漫画を読み慣れてない人には
ちょっと難易度が高いかなと思います(^^;)

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勝手にしやがれ

2011/07/22 11:56

 

阿久悠は偉大な作詞家だ。
それに反論する人は、おそらくいないだろう。
それだけの実績を残してきたという、確たる証拠があるから。
 
氏の詩(うた)は、時を超え、世代を超え、聞く人たちに
素朴なぬくもりや物悲しい哀愁や
激しく突き上げるような熱情や望郷の念を運んでくれる。
 
そんな偉大な人が、しかしやはり私たちと同じ人間なのだと、
当たり前のことを言う人は案外少ない。
故人ともなればなおさらだ。
 
氏は素晴らしい人で、人格者であったと、
時を経るにつれ神格化されていくのだろう。
 
しかし、氏もやはり1人の等身大の人間なのだと、
冗談を言い、弱音を吐き、やせ我慢をし、死に怯え、
しかし死ぬ時まで戦う事をやめなかった一人の人間だと、
この本は語っているように思えた。
 
氏の輝かしい功績が讃えられた本だと思って手に取った人は
肩すかしを喰らうだろう。
 
しかし、父をガンで亡くした自分としては、
現代の最新医療事情が非常に興味深かったし、
またそれをもってしてもガンを克服する事は出来ないのかと、
改めてこの病気の業の深さのようなものを痛感した。
 
ガンとの戦いは、いずれ負けると分かっている戦いに
それでもなお歯を食いしばって立ち向かっていくようなものだ。
 
 
 
 「阿久さん、今日はこれで帰ります」
と、声を掛けると阿久さんがすっとベッドから右手を差し出した。その手を握ると
「ありがとう、本当にありがとう」
阿久さんが握った手に少々の、でも精一杯であろう力がボクに伝わって来た。
 (最終章「ラストシーン」ー2007ーより)
 
 
 
 
「奇跡的にガンを克服」というのをたまに聞くが、
果たしてどこまでいったら「克服」なのだろう。
再発するかどうか、死ぬまで見てみないと分からないし、
そうでなくても人間はいずれ死ぬ。
死ぬ事が敗北なのだとすれば、
生きてる事自体が負け戦のようなものだ。
 
しかし、では「結果的にいつかは死ぬんだから、
いつ死んでも同じ」なのだろうか?
 
もちろん答えは否である。
 
「生きる事」だけが人生の目的のはずはなく、
死ぬ事が運命づけられているのなら、
その終焉の時まで戦い続ける事こそが尊いのだ、と…
阿久悠氏の最後の生き様は、教えてくれたように思う。
 
 
 
阿久悠は偉大な作詞家だ。
生きる事を諦めず、病気に屈せず、死ぬまで戦い抜いた一人の人間として、
反論できる人はいないのではないだろうか。
 
 
『勝手にしやがれ 阿久悠 やせ我慢の美学』(ベストセラーズ)河村 シゲル:著

 

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BARやまざき

2011/07/12 16:30

 

意思あれば道あり

(山崎マスターの座右の銘)

 

 「今度、新婚旅行で北海道に行くんですが、どこか良いバーありますか?」

 
京都のウォッカバー『ナカニシ』さんでそんな話をしていると、
マスターが壁にかかった切り絵を指差しました。
 
「ススキノにあるBARやまざきは昔から続くお店で、
僕より年上のマスターが現役で働いてるよ。
そこのマスターは、余興でお客さんの横顔を切り絵にしてくれるんだ。
それはまだ僕が髪を伸ばしていて、後ろでくくってる時のものだけどね」
 
切り絵をしてくれるバーか、珍しいなぁ。
ナカニシさんもかなりご高齢のマスターだけど、
それより上とは元気だなぁと思ったのが最初。
 
その後、漫画『バーテンダー』で
BARやまざきをモデルにしたお店が出てきているのを見て、
「あ、この店、ナカニシさんが言ってたお店だ」と思ったのが二回目。
 
その後、旅行が近づくにつれ、いろんな情報を集めるうち、
BARやまざきがいかにすごいお店かという情報があちこちから出てきた。
 
そりゃ、俄然、興味が湧くでしょう。
 
著書によると、BARやまざきは
ススキノにまだビルが建っていない時機から開店したらしい。
 
当時まだバーが今程一般的でなく、
お店は女性のいるキャバレーのような形態から始まった。
…というより、当時それが当たり前だったのかもしれない。
 
ススキノの町の発展や、バーが出始めた頃の情景、その変容、
日本バーテンダー協会の発足や歴史なども書かれていて非常に興味深かったです。
 
考えてみれば、日本におけるバーの歴史ってまだまだ全然短いんですよね。
明治大正の頃はバーってあったんだろうか…せいぜい「カフェー」くらい?
そう考えると、山崎さんの歴史がそのまま日本のバーの歴史のような感じがします。
 
その他にも、お店に来る有名無名のお客さんの思い出話や
オリジナルカクテルのレシピやそれにまつわるエピソードは面白かったです。
 
「私に似合うカクテルを作って」
なんて台詞、本当に使う人がいるんですね(笑)。
私は聞いた事も言った事もありませんが…
マスターの知識、力量、遊び心、そしてマスターとお客との信頼関係があって初めて言える台詞ですね。
私もいつかこんな無茶ぶりしてみたいです。
 
『BARやまざき』(北海道新聞社)山崎 達郎@:著

 

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手巻きタバコSTYLE BOOK

2011/07/12 10:43

 

 なんか面白そうな本ないかなーと本屋をぶらぶらしていると

新刊雑誌の場所に表紙を向けて置かれていたこの本を見て
「うわっこのご時世にマジか!!」と感動して手に取ってしまった。
 
しかも中身を見て二度ビックリ。非常にスタイリッシュで計算された写真。
専門的でありながら見やすくてかっこいいレイアウト。
内容的にも、デザイン的にも惚れてしまって即購入。
 
ああ〜、私もこんな趣味MOOK作りたい!!
と身悶えしました。
 
こんな感じでパイプの本も作れないかなー。
パイプの本って、リーフレットかすごい分厚くて文字数も多い
辞典みたいな本しか見た事ないんですよね。
 
本の内容は、パリで巻きたばこを楽しむ人たちのインタビューやコメント。
空いた時間にちょっとタバコを巻いて飲んだり、
好きな味をブレンドしてみたり、なんか人生の余暇を楽しんでるって感じがします。
 
男の趣味には、もれなく「儀式」がついてくる。
(略)
銀塩カメラでも手巻きタバコでも
儀式と向かい合う時間は「生活の句読点」でもある。
愛する人と過ごす時間、物思いに耽る時間
機械を愛でる時間とともに儀式を愉しむ。
趣味人は「生活の句読点」の打ち方も粋なのだ。
(「手巻きタバコのある時間」より)
 
普通のタバコは確かに体に悪いかもしれないし
(巻いてある紙に火薬が含まれているため、がんの原因になると言われている)
パイプだとちょっとした空き時間に吸えないので、
巻きたばこ…ちょっとやってみようかなぁとか思い始めてしまいました。
煙管も良いらしいですけどね。迷うなぁ。
 
『手巻きタバコSTYLE BOOK―The ZIG-ZAG BIBLE』(別冊LEON)主婦と生活社:編集

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僕らが死体を拾うわけ

2011/07/10 21:27

 

のっけからすごいタイトルの本ですが、

もちろん普通のフィールドワーク本。

(いや、上野正彦みたいな本も好きですが)

 

元町をぶらぶらしている時にたまたま入った雑貨屋で、

目立つ形で置かれていたので思わず手に取ってみたんですが、

パラパラっと読んでみると丁寧だけど簡潔で見やすい

手書きのイラストが添えられたエッセイ本。

 

高校の生物の先生らしく、イラストには生徒と見られる少年少女が

生き生きと標本作りに精を出している姿や、

動物、骨、そして虫…ゴキブリまで!

いやー!ゴキブリ大嫌い!!!

 

よし、買おう。

なんでやねん。

 

と、一人突込みをしてしまったけれど、

これを読もうと思う人って同じような感覚を持つと思う。

嫌いということはよく知らないということで、

よく知らなければ知ってみたいと思うのもまた人の常。

 

だから、本も読むし死体も拾う。

解剖して標本を作って、毛虫も焼いて食べちゃう。

 

サクラにつく毛虫って、食えるんでしょ?」

「聞いたことはあるけど……」

「食べようと思って、採ってきたんだ」

 ある日、ゲンチャンがサクラの木から毛虫を採ってきた。

(略)

「誰か、食べてみなよ」

ゲンからいけよ」

 恐る恐るゲンチャンが食べる。

「うまい」

 そう言われたら、僕も試してみるしかない。

「こりゃあ、うまいナ」

「何か、香ばしいよね」

(「嫌われ者の奇妙な生態」より抜粋)

 

「毛虫を食う」とだけ聞くと、普通は「うえっ」となってしまうが、

「食べられる毛虫がある」とか「結構美味い」ということを

知ってしまうと、「な〜んだ」となってしまう。

 

知識の面白さというのはそこだ。

知らないことによって想像が膨らみ、恐怖心が倍増し、

何でもない食べ物すら毒に変わってしまう。

 

 

ちょっと前に、「何のために勉強するんですか?」というCMがあった。

小学校低学年くらいの子供が、攻めるように問いつめてくる。

この言葉に答えられない大人が増えている、ということだ。

 

試験のため、良い会社に入るために勉強を押し付ける大人には

確かに答えられない問題だろう。

だけど、この先生なら目を輝かせて答えると思う。

「知るって、楽しいよ!」と。

 

色んなことを知るには、文字も読まなければいけないし、

外国語もしゃべれる方が良い。数学だって必要だし、

難解な数式だって必要になることもあるだろう。

 

勉強とは、自分の世界を広げるための道具を身につけ、

研ぎ師ませるためにある。

そして、それを得ることによって広がる世界は、

会社や国を通り越して、無限に広がる可能性だってあるのだ。

 

この本を読み終えて、あとがきに書かれている文章に飛び上がるほど喜んだ。

作中に登場する著者の生徒の一人・ミノルや、同じくマキコが、

大阪市立自然史博物館で「ホネホネたんけん隊」という企画展を開催したというからだ。

ホネホネたんけん隊…まさしく、去年足を運んだイベントだ!!

 

そこでは様々な動物の標本が飾られ、実際に標本作りが体験できた。

あいにく私は体験までは出来なかったが、色んな骨を鑑賞し、

その美しさに感嘆し、クリアファイルや缶バッチを購入したのだ。

 

つながっている。

一見キワモノのような死体拾いや標本作りでも、

真剣に取り組んでいる人たちによってその活動は世代を超えて、

世界にも発展していくのだ。

 

『僕らが死体を拾うわけー僕と僕らの博物誌』(ちくま文庫)盛口満:著

 

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